●インタビューに応じる李登輝氏(撮影・淺岡敬史、以下同)
『
WEDGE Infinity 2014年02月24日(Mon
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3603
李登輝・元台湾総統インタビュー
日本への期待 安倍総理への期待
日本統治時代の台湾で育ち、京都帝大で学び、学徒出陣で戦地にも赴いた。
武士道を愛し、日本人よりも日本人らしい精神性を体現する李登輝元総統には、いまの日本がどのように映るのか。靖国から憲法まで縦横無尽に語り尽くす。
─昨年末に安倍晋三総理が靖国神社を参拝しました。
国のために命を捧げた英霊に国の指導者がお参りをするのは当然のことで、外国から口出しされるいわれはない。
私の兄も海軍志願兵として出征しフィリピンで散華したため靖国神社に祀られている。
これは政治の問題ではなく魂の問題だ。
私も総統在任中、台北にある忠烈祠に春秋の2回、参拝に行った。ただ、ここに祀られているのは抗日戦争で亡くなった大陸の国民党の兵士であって、台湾とは全く関係がない。
しかし、私は大きな愛でもって彼らの霊を慰めるためにお参りに行った。
─アベノミクスは、一貫して高く評価していますね。
為替の切り下げが重要だということを私は十数年前から言ってきたが、やり切る政治家がいなかった。
経済成長の道は、
1].国内消費、
2].投資、
3].輸出、
4].そしてイノベーション
の4つ。
日本は、台湾と同じく、資源を持たない。
しかし、新しい製品をつくる技術と開発力がある。
このような国にとっての柱は輸出であり、為替が重要だ。
為替切り下げは近隣窮乏策だという人がいるが、そうならない。
輸出が増えると輸入も増える。
しかし、これまでの日本の総理は、中国や韓国、あるいは米国からの批判の心配ばかりしてきた。
日本国民の指導者だという考え方がなかった。
国際社会における経済的自立、精神的自立こそがデフレ脱却の鍵だ。
─世界経済の今後について、どう見ていますか。
私はこれからの国家経済運営において、
中国の国家資本主義的「北京コンセンサス」も、
米国の新自由主義的「ワシントンコンセンサス」も
うまくいかないと見ている。
★.北京コンセンサスは、外国の資本と技術を頼りに、国内のあり余った労働者を活用する手法だ。
成長率は高くても、中産階級は生まれず、格差に国民の不満が渦巻いている。
★.「小さな政府」を志向し、国境を越えた資本の自由な移動を推進するワシントンコンセンサスも問題が多い。
グローバル資本主義はこれまで世界経済をダイナミックに拡大させてきたが、金融市場の不安定性、所得格差拡大と社会の二極化、地球環境汚染の加速や食品汚染の連鎖といった本質的欠陥を解決できていない。
私は、12年間の台湾総統時代、まず農業の発展に力を注いだ。
そして、農業が生み出した余剰資本と余剰労働力を活用して工業を育成した。
国家が基礎になって、国内の資源配分を行うこの経済運営は、日本がモデルになっている。
経済発展は、元手となる初期資本をどこから生み出すかにかかっている。
西欧は植民地から奪うことができたが、アジアの国々は地租を基礎にするしかない。
日本の戦後の傾斜生産方式はその代表例だった。
今後も、グローバル資本主義にただ任せておけば国内の経済が良くなるという可能性はあまりない。
個別国家の役割は依然として重要で、とりわけ指導者の責任は重い。
その意味で、安倍総理が打ち出している「3本の矢」を高く評価している。
─中国や韓国は安倍政権の外交政策を批判しています。
安倍総理が就任早々、大胆な金融政策を打つと同時に、東南アジアを歴訪したのは素晴らしいことだ。
中国や韓国の理不尽な要求に屈せず、アジアで主体性を持った外交を展開しようとしている。
日本は、世界のためにアジアの指導者たれ、です。
これからの世界の安全保障環境をもっともよく分析しているのは、イアン・ブレマーの「Gゼロ」だろう。
中国には国際秩序を維持しようという意思はない。
周辺国の内政や領土への干渉を繰り返し、力を誇示している。
米国がこのままリーダーシップを失えば、世界はリーダー不在の時代になる。
アジアや中東では地政学的リスクが拡大するだろう。
国際政治の主体は国家である。
複雑な国際環境に面して、国民を安全と幸福に導き、平和を享受できるかどうかはひとえに指導者の資質と能力にかかっている。
指導者のリーダーシップという問題に、この20年間、日本は苦労し続けてきたが、安倍総理は経済政策にしても外交にしても大変よくリーダーシップを発揮していると思う。
─憲法改正をどう考えますか。
私は、これまでも憲法9条は改正すべきだとはっきり言ってきた。
国際政治では、それぞれの国家に対して強制力を行使できる法執行の主体は存在しない。
国防を委ねることができる主体が存在しない限り、政策の手段としての武力の必要性を排除することは考えられない。
戦争が国際政治における現実にほかならないからこそ、その現実を冷静に見つめながら、戦争に訴えることなく秩序を保ち、国益を増進する方法を考えるのが現実的見解だ。
日本は、憲法改正という基本的な問題を解決しなければ、どのような問題に対しても国の態度をはっきりさせることができない。
■指導者は孤独に耐えよ
─指導者がリーダーシップを発揮するために何が必要でしょうか。
信仰です。
本物の指導者は常に孤独だ。国家のために尽くしていても、反対勢力やメディアから批判される。
孤独に耐えるには、強い信仰が必要だ。
それが、あらゆる困難を乗り越える原動力になる。
最近の日本には、国民や国家の目標をどこに置くかについてきちんと考えを持った指導者がいなかった。
安倍総理は違う。
彼には彼なりの信仰があるように私には思える。
私の場合は、キリスト教という信仰があった。
私はもともと農業経済の学者でした。
40代で奨学金を得て、米コーネル大学に留学し、そこで書いた博士論文が評判になった。
当時、台湾では土地改革をめぐって農業問題が深刻になっており、行政院副院長(日本の副首相にあたる)を務めていた、蒋介石の息子、蒋経国に呼ばれ、自分の考えを説明する機会があった。
そして、蒋経国が行政院長(首相相当)に就いたとき、政務委員(国務大臣相当)として入閣することになった。
48歳の時です。
6年間政務委員を務め、その後6年間、台北市長や台湾省主席を経験したのち、蒋経国総統から副総統に指名された。
そしてその4年後、蒋経国が亡くなり、憲法の定めで総統に就任した。
なぜ私のような人間が、蒋経国に抜擢され、総統になったのか。
それは神のみぞ知る、です。
─「万年議員」を引退させたり、総統選挙を直接選挙にしたりと、大改革を次々実行しましたね。
私はもともと学者だから、権力もお金も派閥もなかった。
そういう人間が改革をやろうとしたものだから、困難ばかりで、夜も寝られなかった。
国内では既得権者と闘い、対外的には大陸中国との問題があった。
そうした困難な事態に直面したとき、私は必ず聖書を手にした。
まず神に祈り、それから聖書を適当に開いて、指差したところを読み、自分なりに解釈して神の教えを引き出そうとした。
自分を超えた高みに神が存在していて助けてくれる。
そのような信仰が、一国の運命を左右する孤独な戦いに臨む指導者を支えてくれる大きな力となる。
─日台関係をどう見ていますか。
台湾に対して日本は長い間冷淡だった。
しかし、司馬遼太郎さんが「街道をゆく」で台湾紀行を書いたり、中嶋嶺雄さんが「アジア・オープン・フォーラム」を開いたりしたおかげで、少しずつ関係は改善した。
そして、安倍総理がフェイスブックで「友人」と発言し、懸案の漁業協定締結にもこぎつけてくれた。
これらは、ここ40年間日台間に存在した表面的な関係を具体的な形として促進したものと言える。
残る課題は日本版「台湾関係法」の制定だ。
日本は日中国交正常化に伴う中華民国との断交以来、日台交流の法的根拠を欠いたままだ。
国内法として台湾関係法を定め、外交関係を堅持している米国を参考にしてほしい。
これは、今後「日米台」という連合によって、新しい極東の秩序をつくる上で、良い礎となる。
(聞き手/編集部 大江紀洋)
◆WEDGE2014年2月号より
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